林 孝夫(前会長)

 昭和三十六年頃までは今の鷺宮駅踏切際の妙正寺川に架かる八幡橋から西の方を見ると水田地帯とその彼方に富士山が望める牧歌的な準農村地帯であった。その水田地帯から南に続く高台一帯が白鷺町会(旧鷺宮二丁目町会)のテリトリーである。今でも昔の面影を残す天神山、屋敷林に囲まれた農家風の家があるが、昭和三十六年から四十年にかけて妙正寺川流域の水田地帯に集合住宅が建設され、また昭和三十八年の妙正寺川の氾濫による大水害を契機に河川護岸工事が行われ牧歌的雰囲気は失われ都会化の波が一気に押し寄せた。
 平成二十五年二月現在、世帯数約二千五百、五千人が住む住宅地であるが、住民の高齢化と世代交代の時期を迎えて、土地の細分化や集合住宅の増加で他地域からの転入者も多くなり、以前のような地域住民の連帯意識が希薄になってきているが、平成二十三年三月の東北地方大震災を境に地域の絆や助け合いが強く叫ばれるようになった。
 平成二十三年秋、白鷺町会ふれあい館竣工を機に、安心安全の町づくりの拠点としてのみならず地域住民が豊かでゆとりを感じさせる町づくりを目指して活発な活動を展開している。

昭和10年代の妙正寺川近辺の風景

白鷺町会の沿革

 当町会は昭和十年頃創立された旧鷺宮二丁目町会を継承したもので、昭和四十年の住居表示法の施行で旧鷺宮二丁目が中杉通りを境に白鷺一丁目、二丁目の二地区に地番変更されたため白鷺町会と名称変更した。当町会の地域は妙正寺川の南側にあり、嘗ては川の流域はほとんど水田で更にその南に続く高台は屋敷林に囲まれた農家と畑、そして住宅の点在する準農村地帯であった。
 昭和十年頃には西武線沿線の新開地として宅地化が進み始め、陸海軍の軍人、大学教授、音楽家、画家、作家、棋士などが移り住み西武線沿線の一等地として評価されるようになった。
 準農村地域から住宅地へと大きく変貌し始めたのは昭和三十六年から四十年にかけて妙正寺川流域の水田に集合住宅が建設されてからである。妙正寺川は当時はまだ河川改修が行われておらず、しばしば氾濫したが昭和三十八年の大水害発生を契機に当時の鷺宮二丁目町会長の塩澤俊一氏の政治手腕によって治水工事が実現した。
 東京オリンピックの前年昭和三十八年一月塩澤氏の後任として町会長に就任した菊田好男氏は大福帳式会計記帳を改善し会計帳簿の透明性を高めた。
 昭和四十七年菊田氏の後任に塩澤章氏が就任、約二十年の長期にわたり町会長職を務められた。
 塩澤氏の後を受けて平成五年三月、内田悦夫氏が町会長に就任、平成八年十二月二十六日を以て当町会は地縁団体中野区白鷺町会として法人認可を受け、正式名「法人中野区白鷺町会」となった。法人化に伴い従来の町会規約、決算書類の見直し、総会のあり方などの整備を実施するとともに町会運営書類の正確且つ迅速な作成を図るべくパソコンを導入した。
 平成十二年十一月、予てより菊田好男氏より借地し、町会事務所を建設使用していた土地を同氏より譲り受け当町会の所有財産とした。
 平成十五年五月健康上の理由で内田悦夫氏は相談役に、後任に榎本悳三氏が就任した。この頃になると中野区役所の改変により地域活動は地域活動運営員会による自主的業務となり、また地域の支え合いネットワークの推進など区民の自主的な活動を主眼にしていく方針が打ち出され各町会への負担が重くなってきた。その上、鷺宮地域の都市化は急速に進み、平成二十五年二月現在、世帯数約二千三百世帯、五千人が住む住宅地となったが、住民の高齢化と世代交代の時期を迎えて土地の細分化や集合住宅の増加で他地域からの転入者も多くなり以前のような地域住民の連帯意識が希薄になってきている。
 平成二十一年五月体調不良で榎本悳三氏は相談役に就任。後任町会長は林孝夫氏が就任した。
 平成二十三年十月二十八日白鷺町会白鷺ふれあい館が落成。この会館は耐震構造で多目的機能をもった安心安全の町づくりの拠点として自己資金と中野区の助成を受けて実現した。一方このふれあい館を有効利用するための貸出やイベント企画を行うためにふれあい館運営委員会を立ち上げた。開館から約二年、予想以上の好評をいただいている。
 平成二十五年五月健康上の理由で林孝夫氏は相談役に、後任町会長に髙橋洋雄氏が就任し重責を負って連日奮闘しているところである。わが白鷺町会がモットーとするところは美しく清潔な町づくり、いつも安全で安心して住める環境、更には文化の香りに満ちたゆとりと豊かさを感じさせるような町づくりであり、町民各位の協力を得てその実現に努力している。

歴代会長

  • 初代 成合 勇
  • 二代 福永 覚三郎
  • 三代 武田 某
  • 四代 佐々木 孝之助
  • 五代 塩澤 俊一
  • 六代 菊田 好男
  • 七代 塩澤 章
  • 八代 内田 悦夫
  • 九代 榎本 悳三
  • 十代 林 孝夫
  • 十一代 髙橋 洋雄